過去の記事一覧
■「ザ・トランペット」レポート(11月8日)
■益田の「くぐし(たき火)美しい眺め(10月28日)
■晩秋の益田の風景(10月28日)
■真砂で世界一の巨大餅作成(10月28日)
■近畿益田会レポート(10月16日)
■静かな旧益田の休日 深まりゆく秋(10月16日)
■益田でもクマ 狼藉後の現場は(10月7日)
■益田のシブい納屋と蔵(10月7日)
■柿、栗、さつまいもの・・・実りの秋です(10月7日)
■衣替えの10月1日(10月2日)
■彼岸花の咲く 中秋の益田(9月23日)
■もう一つの高津川 高津川「派川」(9月15日)
■稲刈り&益田の初秋の風景(9月9日)
■台風18号通過の益田(9月9日)
■今年の八朔2004.09.01
さんらいず探検隊が益田市内を気ままにレポート。
散歩がてらに眺めた街の様子です。
益田七尾まつり
晩秋に古き益田のおもかげを偲ぶ〜
11月3日、旧益田地区では、古くから「天満宮」の祭りが開催されている。その歴史は古く大小行事行列に関しては100年以上前から行われている。その大小行司行列は、益田天満宮の祭神・菅原道真公が太宰府に流された様子を再現したとされている。最近では、益田の殿様、益田公の行列などを加え、総じて「益田七尾まつり」として呼ばれるようになった。でも、昔から住んでいる人は前述のように「天満宮」の祭りと呼んでいる。
ということで、その「益田七尾まつり」に、探検隊員も参加の上、レポートいたしました。
益田公
(ちなみに、私ではありません)
ハダカ神輿
大小行事
当日は時折激しい雨の降る、もしかしたら最悪のコンディション?でも参加する身になるとそうは思いたくないという気分。私は画像にもある「ハダカ神輿」なるもののメンバーでありました。益田小で白いサラシを巻き、衣装替えをするわけですが、外では時折激しい雨。おまけにかなり気温も下がってきている。もう飲まなきゃやってられないという気分でお神酒を投入。周囲の同志たちも同じ想いらしく、一使用ビンがたらい回しにされ、どんどんカラになっていく。正午時分、益田小から天満宮に移動する際には、全員出来上がっている状態でした。
ふるまい酒
天満宮の巫女舞
神輿神事
激しい雨、さぶー
「天満宮」にて神事が行われはじめたのですが、ここで激しい雨。ハダカの上半身に落ちる晩秋の雨は本当に冷たく、身は少し縮まるのですが、気合と、お神酒による体内発電でなんとか寒さをしのぎました。観客も雨のため少しまばらで、少し寂しかったのですが、威勢よく掛け声や雄たけびを上げ、走りはじめると周囲も熱を帯び、徐々にお祭りモードに・・・「寒そう・・・」という観客の視線が逆に我々の興奮に火をつけ、神輿野郎共の勢いはさらにヒートアップ。お神酒の勢いもあり、例年になく威勢のよい神輿が街へと繰り出していきました。
子供奴行列
なぎなたの姫たち
これが姫君
麻呂でおじゃる
走りながら、お祭りをレポートしようと当初は考えていたのですが、とても走るだけで精一杯。カメラをあやつるなんて全く出来なかった。つまりそれくらい走ったということです。今回の画像はある方のご好意により、提供いただいたものです。こうしてみると、いろいろな行列が、鄙びた旧益田の街中を通っていて、なかなか奥ゆかしいものですよね。雨の影響もあり、人はまばらでしたが、古来より営まれている祭りが、密かに息づいている、このことをもっと大事しなければならないように感じます。
子供奴
子供奴
馬の落し物
益田公遠景
ハダカ神輿には、わざわざ毎年広島から参加するために来る人もいます。職場の関係でたまたま参加したが、こんな祭りは他にあまり見かけない・・・という声も多く聞きます。地元の人には当たり前のことですが、他所から来た人は結構おもしろがられているようです。運営方法や参加形態を工夫すれば、もっと祭りを発展させることが可能だと考えます。八朔にしても今回の天満宮にしても少しずつ寂れてきている、その理由の分析と対策をここらできちんと採る必用があると思います。
ちなみに私はその晩はさらに盛大に打ち上げをやり、翌日は体が痛く、しおれていました。
top